あなただけの偏愛、それって代用不可能な価値だよね。

「誰がなんと言おうとこれだけは好き!」

そんなものが一つくらいあったりしますよね。

それが他人から見たら「そんな物が?」と思われようが、非効率で無意味であろうが、自分自身にとっては価値があるのだ。

私はアニメと本と音楽がどうしようもなく好きで、頭がおかしいと言われるくらい色んな作品に触れてきました。

アニメなんて400作品以上見ているし、本は健康や自己啓発、ビジネス書など300冊は余裕で超え、漫画を合わせたら1000冊以上になります。

音楽に至ってはハードディスクに10000曲くらい入っているので、回して聴いてたら飽きずに一生聴いていられます(笑)

もしこの3つの時間をもっと勉強とか将来役立つ事に使えと言われそうですが、やっぱり私は好きなんです。

これらは「偏愛」とも呼べますね。

しかし時に「偏愛」は孤独を感じたりする場合もあります。

共感してくれる人や喋ってアウトプットする機会がないと、みんなと違うことしていることに恐れを感じ、「やっぱりみんなと同じことをしよう。」と判断してしまうことがあります。

SNSが発達したお陰でコアな人達と会える確率が高くなり、共感や喋る人が増えたのにも関わらず「偏愛」を捨ててしまったり隠し続ける人がたくさんいますが、私は声を大にして伝えたい。

あなたが持っている「偏愛」には価値があると。

自分にしか見えない色や風景は、こっそり育てていくのがいいのです。

他の人に話して、「人と違う自分が悪いんだ」などと思い込まず、直さなくてもいいくらいまで、しっかりと育てていきましょう。

自分の虹の色の見え方を世の中に発信すると、「虹は7色じゃない!」と批判の声があがってくるでしょう。

しかし、それでも自信を持って発信し続けたら「俺にもそう見えた」と共感する人や「いやいや、私にはこう見えるよ」と言って楽しんでくれる人が現れてきます。

「モチベーション革命 稼ぐために働きたくない世代の解体書」より

最初は他人にTwitterやInstagramなどのSNSでアウトプットする前に、こっそり育てるのがオススメです。

育っていない状態でアウトプットすると他人の評価軸や基準を取り込んでしまい、世の中にとって「新しい意味」が消えてなくなってしまう可能性があります。

例えばどうしようもな好きなアーティストが使っているギターを買ったとしましょう。

「よっしゃ、これでカッコよくLIVEするぞ!」

ワクワクな気持ちがいっぱいで練習も捗ります。

しかしSNSで「高い機材持ってるのに下手くそな奴はなんなんだ?」というコメントが広まり、賛同してる人が多数見受けられました。

「下手くそな僕がこんな良いギターを持ってるのはどうなんだろ、ちょっと恥ずかしくなってきたな……」

「LIVEであいつハイエンドのギター持ってる割には下手くそだよなとか言われたらどうしよう……」

そんな言葉が頭に過ぎります。

結果、一生使っていく予定だったギターは数年で売りに出してしまいました。

当時、公共料金が払えなくなるほどお金に困っていたこともありますが、それでも持っているのが恥ずかしいという理由が大きかったのは確かです。

何者にも変えられない好きを他人の言葉や価値観で物も気持ちも捨ててしまったのです。

私と同じようなことがならないように、もし「偏愛」を持っていたらまずは没頭して楽しんでください。誰がなんと言おうと自分にとっては好きであることを貫いて欲しい。

あなたの「好き」「あなたの歪み」は、他人にとって、今ある世界を新しい意味で楽しむことができようになるための源泉なのです。

それが価値となり他人の為になるのであれば、何か言われて辞めるなんてもったいない。

だいたいネットで批判的に言われることってガス抜きで発言し「自分は正しいんだ!」と言うことで相手の評価を下げることによって自分の評価を上げる人が多いような気がします。

もちろんそう言い人ばかりではないけど、5年前10年前よりも多くなっているでしょう。

多くなって発言しずらくなろうが、周りを気にせずに「好き」を発信し続けていれば、それがやがて共感され影響し新たな価値を生み出します。

ぜひ辞めずに「好き」を貫き通し、己自身が一番楽しんで、楽しさや面白さが溢れて育ってきたらアウトプットして見て下さい。

参考書:モチベーション革命 稼ぐために働きたくない世代の解体書